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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1627号 判決

控訴人(原告) 前川正英

被控訴人(被告) 国・東京都知事 外二名

原審 東京地方昭和三〇年(行)第一五号・三九号

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。原判決添付第一目録記載の土地につき、東京都知事が買収令書の交付に代えて昭和二十四年十二月一日東京都公報号外第一号を以て公告してした買収処分が無効であることを確認する。右土地につき、東京都知事が控訴人に対し昭和二十四年三月二十五日附東京へ第一三三七号買収令書を昭和三十年四月二日に交付してした買収処分が無効であることを確認する。被控訴人国は、右土地につき東京都知事が東京法務局世田谷出張所に対する昭和二十五年七月二十日同出張所受付第八〇二〇号登記嘱託書を以てした農林省の為に所有権取得登記があつたものとみなされた登記の扶消登記手続をし、かつ昭和二十五年七月二十日自作農創設特別措置登記令第十四条第一項による登記用紙閉鎖登記の扶消登記手続をすべし。控訴人に対し、被控訴人長崎巍は原判決添付第二目録記載の(一)の土地につき、東京法務局世田谷出張所昭和二十五年七月二十日受附第八九三七号を以て、被控訴人鈴木留五郎は同目録記載の(二)の土地につき、同出張所同日受附第八九三七号を以てそれぞれした自作農創設特別措置法第十六条による所有権取得登記の各扶消登記手続をし、それぞれ右各土地を引き渡すべし。」との判決並びに、「もし、前記昭和二十四年三月二十五日附東京へ第一三三七号買収令書を昭和三十年四月二日に控訴人に交付してした買収処分の無効確認請求が認容されないときは同処分を取り消す。」との判決を求め、被控訴代理人等及び被控訴人長崎巍並びに鈴木留五郎はいずれも本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、立証及びこれに対する相手方の主張は、控訴代理人において、

一、原判決事実摘示の控訴人の主張の内、原判決三枚目表終より二行目の第二十四字と第二十五字との間に、「買収の時期を同年三月二日、その対価を金七百四十七円三十六銭として」と加え、同五枚目裏十二行目(末行)の第二十一字と第二十二字との間に「買収時期を同月二日、その対価を金七百四十七円三十六銭とした」と加え、同六枚目表の五行目の第二十七字(最終字)「六」を「七」と改める。

二、原裁判所昭和三十年(行)第三九号事件の請求原因につき、自作農創設特別措置法(以下措置法と略称する)による農地買収において、買収計画に定められる買収の時期は、対価がその当時の所有者に支払われることになつているところから見ても買収令書の交付以後に定められるべきであり、買収の時期までに買収令書の交付を行つて買収手続を完結しておくことを法が期待している。従つて買収計画に対する異議、訴願、訴訟等の為買収令書の交付が買収時期の後となつた等特別の場合は別とし、買収時期を著しく徒過し買収計画を樹立した意味を失つた後に買収を完結する令書の交付を行つても、その買収処分は無効としなければならない。本件買収については何等特別の規定もなく、又訴願訴訟等により行政行為の追行を妨げられた等特別の事由もなく買収計画公告に示された買収の時期は昭和二十三年三月二日であつて、それから満七年一ケ月経過した昭和三十年四月二日に買収令書を交付したのは著しく時期を失し、買収計画を樹立した意味を失つたものであつて、その買収は無効であるばかりでなく、買収計画そのものも、公告承認等買収処分に属する一連の行為もすべて無効に帰するものと解すべきである。

三、仮に(原審の見解の通り)農地法施行法第二条第一項により農地法施行の日たる昭和二十七年十月二十一日において措置法により公告があつた農地の買収を従前の例により追行し得るものと解すべきであるとしても、右は農地法施行の数日又は数ケ月前に買収計画の樹立、公告等の終つた農地について、改めて農地法による手続をさせることを避けて従前の例によらしめる趣旨を定めたものにすぎないのであつて、昭和二十二、三年頃一斉に行われた農地の買収を対象としたものではなく、農地附属物の買収、未墾地の買収等昭和二十五、六年の買収処分を目的とした規定であつて、公告以来買収処分の追行を妨ぐべき何等の事由もないのに拘らず、行政庁の怠慢により追行されなかつた処分をも従前の例によらしめる趣旨を定めたものとは到底解することができない。尚農地法施行法第二条において買収の効果、対価の支払、訴願、訴訟等の適用につき従前の例によると規定していることに照しても、公告後の訴願訴訟の場合に従前の規定により追行し、その裁決又は裁判の結果の買収等につき従前の規定によらしめる趣旨を定めたものであつて、買収令書の発行後七ケ年も放置した場合に令書の発行及びその前提たる一連の手続の有効性を保持させ従前の規定による買収を追行させる趣旨でないことが明らかである。

四、仮に本件買収処分も従前の規定により追行し得るものとしても、買収の時期は七年前でなく、公告の買収時期を買収令書の交付の日以後に変更して処理すべきものであり、このような変更を行わない場合でも、買収の効果は買収令書の交付日以後にその効力を生ずべきものである。従つて本件農地の売渡は昭和三十年四月二日後始めて行われるべきであり、買収の効果の未だ生じていない時に行われた売渡通知書の交付は売渡の効果を生じないものと言わなければならない。そればかりでなく売渡計画は買収の効果発生後に樹立されるべきであり、少くも買収の効果が発生することを条件としてその効力を生ずるのであるから、前記の通り買収令書の発行後七ケ年も経過した後に於てはその前に樹立された従前の売渡計画は無効に帰し、之に基く売渡は不能である。而して売渡については売渡通知書の交付が措置法施行中に行われた場合にのみ旧法の適用を受けるのであつて、農地法施行後は同法による外、旧法によつて新たに売渡通知書の交付による売渡をすることは不可能であり、又結局売渡不能とすれば買収により国が農地の所有権を取得するのみであつて、自作農創設の本旨を没却する結果となり、売渡のできない買収は許されないから、結局買収も売渡も新法によつてのみ行い得るにすぎないのであるから、本件売渡も又ひいて買収も共に違法無効のものである。

五、尚仮に昭和三十年四月二日の買収令書の交付により買収の効力が七年前の買収計画公告の買収時期に遡及し、本件土地の売渡も売渡計画樹立当時に遡つて効力を生ずると解するならば、それは事後の行為により七年前に遡つて控訴人から本件土地所有権を剥奪するものであつて、法の基本観念に反し憲法に違反する解釈であつて許すべからざるものである。

六、仮に後の買収令書の交付による買収及びその前の売渡が無効でないとしても右買収の手続が上記の通り違法であるから、取り消されるべきものである。

七、措置法第十六条によれば農地の売渡は買収の時期において耕作の業務を営む小作農に売り渡すこととなつているところ、もし本件土地が当時小作地であつたとすればその小作者は吉崎良之助であつて、被控訴人長崎巍及び鈴木留五郎ではなく、同人等に対する本件土地の売渡処分は違法であるから取消されるべきものである。もつとも被控訴人等は被控訴人長崎巍が吉崎良之助と耕作地を交換して本件土地の耕作権を取得したと主張するけれども、地主である控訴人は右交換を承諾したことがないから、これにより同被控訴人が耕作権を取得する理由はない。

八、原裁判所昭和三十年(行)第一五号事件の請求原因につき、東京都知事は本件訴訟提起の後に至り買収令書の交付に代る公告による買収処分を取り消したと称し、さきの行政処分の無効なることを認諾したけれども、右取消の方法として公告をすべきであるのに、公告をしていないし、他に取消の意思表示はしていないから、形式上さきの行政処分は存在しているものと言うべく、従つて控訴人は公告による買収処分の無効確認を求める利益を有する。又仮に後の処分が有効であつて、これにより控訴人が本件土地所有権を失つたとしても、買収の時期なる昭和二十三年三月二日から買収令書交付の日なる昭和三十年四月二日までの間右土地の所有権は依然控訴人に属し、この間控訴人は不法に右土地の使用収益を妨げられ、被控訴人国に対しその損害賠償請求権を有し、かつ被控訴人長崎巍及び鈴木留五郎に対しては昭和二十三年四月頃から同人等に対する売渡の日までの間の同人等が右土地の使用収益をしたことによつて得た不当利得の返還請求権を有するから、前記無効確認を求める利益を有する。

九、ある登記がその登記原因を欠いている場合でもその登記が現在の権利の実情に適合していればその扶消を請求し得ないとの見解は一般私法上の行為を原因とした登記の場合には顧慮されるべきものであるとしても、公法行為を原因とした登記については右の解釈に従うべきではない。

と述べ、立証として当審における控訴本人訊問の結果を援用し、被控訴人等において、

控訴人の主張事実中本件買収計画公告に示された買収の時期が昭和二十三年三月二日であること、買収令書記載の対価が金七百四十七円三十六銭であることは認める。

控訴人の当審における三の主張につき、農地法施行法第二条第一項は農地法の施行日なる昭和二十七年十月二十一日当時買収手続未了のすべての農地についてはその理由の如何を問わず措置法第六条第五項の買収計画樹立の時期を標準として当時すでに公告がされたものについては従前通り措置法の規定に従つて爾後の手続を進行し得るものとしているのであつて、控訴人の主張するように日時の長短、理由の如何により右の取扱を異にすべき何等の理由もないばかりでなく、例えば買収手続の他の部分には何等の瑕疵もないが、ただ買収令書の交付手続に些細な瑕疵がある為買収の効果が生じないという場合にもはや措置法によつては買収できないとすれば当然措置法により買収されるべきものが買収を免れることになり、農地改革の不利益を当然平等に甘受しなければならなかつた土地所有者の間に均衡を失することとなり、公平の原則に反する結果となる。従つて少くとも政府において買収の意思を表示した農地即ち買収計画を樹立しこれを公告した農地は理由の如何を問わず同じ取扱をしようとしたのが農地法施行法第二条第一項の趣旨であつて、控訴人主張のように農地法施行の数日又は数ケ月前までに買収計画の樹立、公告等の終つた農地にのみ適用されるべきものと解すべきではない。

控訴人の当審における七の主張につき、仮に控訴人の主張するように本件農地の売渡処分が違法無効であるとしても、そのことは本件農地買収処分の効力に何等の影響をも及ぼすものでなく、又もし本件買収処分が無効となり、又は取り消されれば、本件売渡処分も自ら無効に帰するのであつて、その取消無効を独立して主張する必要はない。従つて控訴人の右主張は理由がない。

と述べた。(立証省略)

理由

当裁判所は東京地方裁判所昭和三十年(行)第一五号事件の控訴人の請求中買収処分の無効確認を求める部分の訴を不適法なるものとし、その余の請求及び同裁判所昭和三十年(行)第三九号事件の控訴人の請求につき、原審がしたと同一の事実認定をし控訴人の本訴請求を失当なるものとするが、その理由は、

イ、本件買収計画の公告に示された買収の時期が昭和二十三年三月二日であることは当事者間に争いがない。

ロ、原判決第十二枚目裏第四行第二十二字以下の三字「約六年」を「約七年」と改める。

ハ、当審における控訴本人訊問の結果によつても前記事実認定を動かすに足りない。

ニ、控訴人の当審における二の主張につき、買収の対価が控訴人主張のように買収の時期における所有者に支払われることになつていることから買収計画に定められるべき買収の時期が必然的に買収令書の交付より後に決定されなければならないという結論には到達し難く、他に買収の時期が必然的に買収令書の交付より後に定められなければならないものと解すべき根拠は見出し難く、控訴人も認めている通り買収計画に対する異議、訴願、訴訟等の買収令書の交付が遅れた場合のように何等かの理由により買収令書の交付が買収の時期の後となることもあり得べく、また本件のように行政庁の過失によつて買収令書の交付が七年後に行われたような場合に立法上の当否は別として控訴人主張のように措置法の解釈上買収令書の交付が違法であつて、買収処分が無効となるものとは解し難く、控訴人の右主張は認容することができない。

ホ、同三の主張につき、立法上の当否はとにかくとして、農地法施行法第二条第一項の規定が控訴人主張のように農地法施行の数日又は数ケ月前に買収計画の樹立、その公告の終つた農地にその適用が限られるものと解すべき根拠は見出し難く、右主張も認容することができない。

ヘ、同四及び五の主張につき、前記の通り買収の時期は必然的に買収令書の交付の時の前に定めなければならないものではなく、従つて控訴人主張のように買収令書の交付が遅れた場合に買収の時期を買収令書の交付の日の後に変更する必要はなく、買収の効果は買収計画に定められた買収の時期に生じ、従つて農地の売渡はその後に行われれば足り、必ずしも必然的に買収令書の交付の日の後に行われなければならないものと解することはできない。従つて買収の効果が買収令書の交付後に生ずるものであるということを前提とする控訴人の右主張は理由がないものというべく、又右の買収処分を以て控訴人主張のように法の基本観念に反し憲法に違反するものとは解し難いから控訴人の当審における五の主張も理由がないと言うべきである。

ト、同六の主張につき昭和三十年四月二日の買収令書の交付による買収処分が控訴人主張のように違法ではないこと上記の通りである以上、その違法であることを前提とする右主張も失当である。

チ、同七の主張につき、被控訴人長崎巍及び鈴木留五郎が昭和二十三年二月初旬に当時まで本件農地の小作人であつた吉崎良之助から交換により本件農地の小作権を譲り受けるにつき土地所有者なる控訴人の承諾を得なかつたことは原審証人吉崎良之助の証言及び原審並びに当審における控訴本人訊問の結果によりこれを認め得るけれども、農地の売渡は、買収処分後の行為に属し、何人に売り渡すかは措置法第十六条によつて定まり、売渡処分に不服があつて異議申立をなし得る者は同法第十九条所定の買受の申込をした者に限られ、買収された土地所有者は何人に売り渡されるかについて異議申立をすることはできないから、控訴人は買受人が何人かについて異議申立はできない。従つて控訴人の右主張も理由のないものである

リ、同八の主張につき、前記の通り有効な買収処分により控訴人が本件土地の所有権を喪失した以上控訴人は昭和二十四年十二月一日の買収令書の交付に代る公告による買収処分の無効確認を求める利益を有しないこと原判決の説く通りであつて、右に反する見解に立つ控訴人の主張は理由のないものと言うべく、又控訴人は買収計画に定められた買収の時期に本件土地所有を喪失する効果を生ずることは措置法第十二条第一項の規定上明らかなところから右買収の時期から前記買収令書交付の日なる昭和三十年四月二日までの間本件土地の所有権が控訴人に属していたということを前提とする控訴人の主張も認容することができない。

ヌ、同九の主張につき以上説示の通り本件農地買収処分が有効であつて、その過程においてされた昭和二十五年七月二十日の農林省の為の所有権取得登記、自作農創設特別措置登記令第十四条第一項による登記用紙閉鎖登記、被控訴人長崎巍及び鈴木留五郎の為の措置法第十六条による各所有権取得登記はいずれも真実に合致するものであるから、右各登記が権利の実情に合致していないということを前提とする控訴人の右主張も之を認容するに足りない。

ということを附加する外、原判決に記載してあると同一であるから、右原判決の理由を引用して、本訴請求を排斥した原判決を相当とし、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

原審判決の主文、事実および理由

主文

昭和三〇年(行)第一五号事件の請求中、買収処分無効確認請求の部分につき訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し各その一ずつを原被告それぞれの負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一) 昭和三〇年(行)第一五事件につき、

(イ) 被告国に対し、

別紙第一目録記載の土地につき東京都知事が買収令書の交付に代えて昭和二十四年十二月一日東京都公報号外第一号を以て、公告してなした買収処分は無効であることを確認する。

被告国は右土地につき東京都知事が東京法務局世田谷出張所に対し昭和二十五年七月二十日同出張所受附第八〇二〇号登記嘱託書を以てなした農林省のために所有権取得登記があつたものと看做された登記の抹消登記手続をなし、かつ昭和二十五年七月二十日自作農創設特別措置登記令第十四条第一項による登記用紙閉鎖登記の抹消登記手続をせよ。

(ロ) 被告長崎及び同鈴木に対し、

被告長崎は別紙第二目録(一)記載の土地につき東京法務局世田谷出張所昭和二十五年七月二十日受附第八九三七号、被告鈴木は別紙第二目録記載(二)の土地につき同出張所同日受附第八九三八号を以てそれぞれなした自作農創設特別措置法第十六条による所有権取得登記の各抹消登記手続をなした上、原告に対してそれぞれ右各土地の引渡をせよ。

との判決を求め、

(二) 昭和三〇年(行)第三九号事件につき、被告国に対し、

東京都知事が原告に対し昭和二十四年三月二十五日付へ第一三三七号買収令書を昭和三十年四月二日に交付してなした別紙第一目録記載の土地に対する買収処分は無効であることを確認する。若し右請求が認められないときは、被告東京都知事に対し

前記買収処分を取消す。

との判決を求める。

二、請求の原因

(一) 昭和三〇年(行)第一五号事件の請求原因

原告は昭和十八年七月別紙第一目録記載の土地を買受けこれが所有権を取得したものであるが、所轄農地委員会は昭和二十三年二月九日不在地主所有の小作地であるとして当時の自作農創設特別措置法に基き右土地の買収計画を樹立し、同月二十日これを公告し、翌二十一日より十日間縦覧に供し、かつ東京都農地委員会の承認を経た上、東京都知事は、原告に令書の交付ができないとして同法第九条第一項但書の規定に則り昭和二十四年十二月一日東京都公報号外第一号を以て買収令書の交付に代わる公告をして、これを買収した。そして翌二十五年七月二十日東京都知事は東京法務局世田谷出張所に対し、同日同出張所受附第八〇二〇号登記嘱託書を以て、自作農創設特別措置登記令第十条第二項に基き、農林省のために所有権取得登記があつたものと看做される登記を経た上、自作農創設特別措置登記令第十四条第一項の規定により東京法務局世田谷出張所に対し右土地の登記用紙閉鎖の嘱託をなし、且つ右土地を別紙第二目録記載の(一)及び(二)に分筆した上、(一)の土地を被告長崎に、(二)の土地を被告鈴木にそれぞれ売渡し、被告長崎に対しては前記出張所昭和二十五年七月二十日受附第八九三七号、被告鈴木に対しては同出張所受附第八九三八号を以て右両名の所有権取得登記の嘱託をなした。その結果現在登記簿上(一)の土地は被告長崎の、(二)の土地は被告鈴木の各所有名義となつている。乍併右買収処分は次の理由によつて無効である。

(イ) 凡そ農地買収につき買収令書の交付に代わる公告をなし得るのは自作農創設特別措置法第九条第一項但書に明らかなように所有者の知れないときその他買収令書の交付ができないときに限られる。従つて買収令書の交付ができるにも拘らずこれをなさずに公告によつて買収することは許されないものというべきである。ところが原告は昭和五年頃から今日に至るまで引続き肩書住所に居住し聊も他に転居した事実はない。(尤も昭和十九年一月より翌二十年十一月まで応召したことはあるが、その間においても原告の家族は右住所に居住していた。)よつて当時買収令書を交付しようと思えば容易に出来た筈である。然るにこれをなさずに買収令書の交付に代わる公告によつて買収したのであるから、右買収処分は無効である。

(ロ) 原告は別紙第一目録記載の土地を家屋建築の目的を以て買受けたものであるが、当時戦時中であつて家屋の建築が困難であり且つ原告も応召したので、訴外吉崎良之助にこれが管理を依頼した。併し同人は勿論他の何人に対してもこれを貸与した事実はない。然るに所轄農地委員会及び東京都知事はこれを小作地と認定して買収し、この土地につき何等耕作権のない被告長崎及び同鈴木に売渡した。従つて買収処分は自作農創設特別措置法第三条に違反する無効の処分といわなければならない。

斯の如く右買収処分は無効であるから被告国は勿論国からこれを譲受けた被告長崎及び同鈴木と雖も何等本件土地の所有権を取得すべき謂れはない。

よつて原告は被告国に対し別紙第一目録記載の土地に対する右買収処分の無効確認及びこれにより農林省を登記権利者とする所有権取得登記があつたものと看做される登記並びに登記用紙閉鎖登記の各抹消登記手続を求め、被告長崎に対しては別紙第二目録(一)記載の土地につき、被告鈴木に対しては同(二)記載の土地につき、それぞれその所有権取得登記の抹消登記手続とこれが引渡を求める。

(二) 仮に後掲(三)の買収令書の交付による買収処分が有効視されるとしても、(一)の公告による買収処分の無効はこれによつては治癒されないから、少くとも先の買収処分は無効である。従つて当時においては被告国は未だ本件土地の所有権を取得しておらず、被告長崎、同鈴木は無権利者たる被告国より本件土地を譲受けたことに帰するから、これが所有権を取得するに由ないものというべきである。そこで前記国の所有権取得登記があつたものと看做される登記、登記用紙閉鎖登記並びに被告長崎、同鈴木の所有権取得登記は共に登記原因を欠く不実の登記として抹消せられるべきであり、被告長崎、同鈴木の占有する土地は原告に対し返還せらるべきである。

(三) 昭和三〇年(行)第三九号事件の請求原因

次に、原告は右(一)の請求訴訟提起に及んだところ、被告国は別紙第一目録記載の土地につき、改めて昭和三十年四月二日原告に対し昭和二十三年三月二十五日付へ第一三三七号の買収令書を交付して、これを買収した。

(1) 併し右買収処分も左の理由によつて無効である。

(イ) 前述の如く昭和二十三、四年頃原告に買収令書を交付しようと思えば直ちに出来る状態に在つた。それにも拘らず何等これを妨ぐべき特段の事由もないのに慢然これを放置して約六年も経過したのであるから、令書の交付以前の買収計画の樹立、公告、承認等一連の手続は当然失効したものというべきであり、且つこれは農地法施行法第二条第一項第一号の規定によつても救済し得ぬものである。

(ロ) また前述の如く本件土地は小作地でないのに被告国は小作地として買収したのであるから違法であり買収の効果を生じない。

よつて被告国に対しこれが無効確認を求める。

(2) なお仮に右買収処分が当然無効でないとしても、少くとも次の如き取消し得べき瑕疵を具えている。

(イ) 右(二)(1)(イ)、(ロ)の瑕疵

(ロ) 本件土地は登記簿上は農地であるが、改正前の都市計画法上の都市計画区域内に在り、且つ同法第十二条の規定により宅地としての利用を増進するための区劃整理が施行され、道路側溝も完備しており、自作農創設特別措置法第五条第四号による東京都知事の買収除外の指定区域内に在る。よつてこれを買収するのは違法である。仮に右指定が未だなされていないとしても、東京都知事は当然に右指定をなさなければならない土地に属する。又仮に本件土地が同法第五条第四号に該当しないとしても既に改正前の都市計画法第十条第一項、旧市街地建築物法第一条により都市計画上の住宅専用地区に指定された玉川瀬田町に隣接しており、交通も至便であつて実質上は理想的な宅地なのであるから、少くとも同条第五号にいう近く土地使用の目的を変更するを相当とする土地というべきである。従て農業委員会において当然に同号の指定をなさなければならない土地である。しかるにこれが指定をなさずに買収するのは同号に違反する違法な処分というべきである。斯の如く右買収は同法第五条第四号か少くとも同条第五号に違反する。

そこで前記無効確認の請求が認められないときは被告東京都知事に対して、これが取消を求める。

三、請求の趣旨に対する被告等の答弁

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

四、請求の原因に対する答弁

(一) 被告国及び同東京都知事の答弁

別紙第一目録記載の土地がもと原告所有であつたこと所轄農地委員会がこれを不在地主所有の小作地と認定し、原告主張の如き買収計画の樹立、公告等の手続を経て昭和二十四年十二月一日東京都知事が買収令書の交付に代わる公告をしてこれを買収したこと、昭和二十五年七月二十日東京都知事より東京法務局世田谷出張所に対し、農林省のために所有権取得登記があつたものと看做される登記を経た上、右土地の登記用紙閉鎖の嘱託をなし、且つこれを別紙第二目録(一)及び(二)に分筆し、(一)の部分を被告長崎に、(二)の部分を被告鈴木に売渡し、東京都知事の嘱託に基き現にその旨の登記がなされていること、昭和三十年四月二日東京都知事が原告主張の買収令書を原告に交付して買収したことはいずれも認めるが、昭和二十三、四年頃原告に対して容易に令書を交付することができたこと、買収計画樹立当時本件土地が小作地でなく又被告長崎が右土地の小作人でなかつたこと、及び本件土地が当時都市計画法第十二条第一項の規定により、土地区画整理を施行する土地として自作農創設特別措置法第五条第四号に基く東京都知事の指定のあつたこと、都市計画法第十条第一項の都市計画のために旧市街地建築物法第一条の住居専用地区に指定された土地に隣接し近く土地使用の目的を変更するを相当とする土地であつたことはいずれも否認する。たとえ本件土地が自作農創設特別措置法第五条第四号による知事の指定あるべき土地、或いは近く土地使用の目的を変更するを相当とする土地であるとしても、苟くも右知事の指定又は農地委員会の買収除外の指定のない以上これを買収するに何等妨げあるものではない。次に昭和三十年四月二日原告に買収令書を交付してなした買収は、先の買収令書の交付に代わる公告を取消した上、改めて農地法施行法第二条第一項第一号に則つてなした適法な措置である。よつて本件土地に対する買収処分はこのときにおいて完全にその効力を生じ、原告の所有権は過去に遡つて喪失したものというべきであるから、既に取消された後の買収処分の無効確認を求めたり、現在の適法な権利関係と一致する登記の抹消を求めたりする原告の請求は失当である。

(二) 被告長崎の答弁

別紙第一目録記載の土地がもと原告の所有であつたところ、原告主張の経過で買収され、かつ被告に売渡され、それぞれ原告主張の登記手続を経たことは認めるが、右土地は小作地でなく、且つ被告長崎が右土地の小作人でなかつたとの点は否認する。即ち右土地は吉崎良之助の耕作していた小作地であつたところ、被告長崎の耕作する土地の耕作権と交換して被告長崎が本件土地の耕作権を取得した上、買収により被告国が所有権を取得し、次で被告長崎は被告国から別紙第二目録(二)の部分を適法に買受けたものである。

(三) 被告鈴木の答弁

別紙第一目録記載の土地がもと原告の所有であつたところ、原告主張の経過で買収され、かつ被告に売り渡され、それぞれ原告主張の登記手続を経たことは認めるが、右土地は小作地でなかつたとの点は否認する。原告は不在地主として国から右土地を買収されたものである。そして被告鈴木はその耕作する土地が玉川税務署の建築用地として指定されたので、代地として別紙第二目録(二)の部分を国から適法に譲受けて、これが所有権を取得したものである。

五、証拠〈省略〉

理由

一、昭和三〇年(行)第三九号事件について、

(一) 別紙第一目録記載の土地がもと原告の所有であつたところ、所轄農地委員会がこれを不在地主所有の小作地と認定して昭和二十三年二月九日買収計画を樹立し、同月二十日右計画を公告し、且つ東京都農地委員会の承認を経た上原告に買収令書の交付ができないものとして東京都知事が翌二十四年十二月一日令書の交付に代わる公告をしてこれを買収したこと、次いで東京都知事は東京法務局世田谷出張所に対し右土地につき農林省のために所有権取得登記があつたものと看做される登記をした上、自作農創設特別措置登記令第十四条第一項による登記用紙閉鎖の申出をなし、且つこれを別紙第二目録(一)(二)記載の各土地に分筆し(一)の部分を被告長崎に、(二)の部分を同鈴木にそれぞれ売渡した上前記出張所に対し右両名の所有権取得登記の嘱託をなしたこと、そして原告が右買収処分の無効を主張して訴訟提起に及んだ後、被告東京都知事は右土地につき先の令書の交付に代えてなした公告を取消し、昭和三十年四月二日改めて原告に対し昭和二十三年三月二十五日附へ第一三三七号の買収令書を交付して再度これを買収したことは当事者間に争がない。そこで判断の順序として先ず後の買収処分の効力について考えてみる。

(二) 農地法の施行日たる昭和二十七年十月二十一日当時買収手続未了の農地については同法施行法第二条第一項第一号により自作農創設特別措置法第六条第五項の買収計画樹立の公告の時期を標準とし、当時既に公告がなされているものについては従前どおり措置法の規定に則つて爾後の手続を進行しうるものとし、公告が未だ済んでいないものについては措置法の適用を打切り新たに農地法の定めに従つて処理せられるべきものとされている。ところで本件については、買収計画樹立後措置法所定の手続を経て昭和二十四年十二月一日一たんは買収令書の交付に代えて公告をなしたのであるから、その限りにおいては既に買収処分は完結したものというべきである。しかるに後に至つて令書の交付に代わる公告が取消されたことにより、再び買収手続完了以前の状態に復帰したものと解すべきところ、前述の如く当時買収計画樹立の公告は最早終つていたのであるから、爾後の買収手続は農地法施行法第二条第一項第一号により措置法所定の方法により進行しうるものといわなければならない。そして被告東京都知事は前述の如く昭和三十年四月二日改めて買収令書を被告に交付して買収したのであるから右買収処分は前記各法条に準拠する適法な処分というべきである。仮に原告主張のごとく原告に対し当時容易に買収令書の交付をなし得たにも拘らず右令書の作成日より約六年を経過し始めて令書の交付がなされたとしても単にこの一事のみを以てしては右法条適用の妨げとはならないとするのが相当である。よつて右事実を主張して本件買収処分の無効乃至その取消を求める原告の請求は理由がない。

(三) 次に所轄農地委員会及び東京都知事が前記土地を小作地と認定して買収したことの適否について考えるに、たとえ本件土地が小作地でないにも拘らず小作地と認定して買収されたとしても、右違法は通常単に取消の理由となるに止まり当然にこれを無効視することはできないものと解すべきであるから、右事実を主張して本件買収処分の無効確認を求める原告の請求はそれ自体理由がない。のみならず証人吉崎良之助、同広部平吉の各証言及び原告本人並びに被告長崎巍の各訊問の結果にその成立に争いのない乙第一号証の記載を綜合すれば、昭和十八年原告は工場等の建設用地として本件土地を購入した後、その頃建築資材が極めて払底していたため、翌十九年一月原告が出征したため、その儘荒地として放置されていたところ、当時食糧難の折から、その頃予て原告と知合の吉崎良之助が原告の妻から右土地を無償で借受けて耕作することになり、その後前記買収計画樹立の当時たる昭和二十三年二月初旬頃吉崎と被告長崎との間に耕作権の交換がなされるまで、吉崎が使用貸借による権利に基き右土地を耕作していたことを認定することができ、吉崎は本件土地につき原告のための単なる管理人にすぎなかつたとする吉崎及び原告本人の各供述部分は共にたやすく信用し難く、他にこれに反する何等の証拠もない。してみれば本件土地を小作地と認定して買収した前記処分は何等違法とは認め難いから、これが取消を求める原告の請求も理由がない。

(四) そこで最後に本件土地が措置法第五条第四号及び第五号の買収除外地に該当するかどうかについて按ずるに、東京都知事又は農業委員会が原告主張の如き指定をなしたことを認めるに足りる何等の証拠もない。のみならず右指定は当時既にその土地一帯の地域が農地以外の土地としての実体を具備しているか或は少くとも極く近い将来確実にそのような土地となる可能性のある地域に限りなされるべきものであり、又そのような土地につき指定をせずに買収したとき始めてその買収が違法性を帯有するに至るものと解すべきところ、原告の全立証をもつてするも、本件土地がそのような土地であつたことを認めしむるに足る証拠がないから、本件について都知事又は農業委員会が前掲指定をなさず、買収処分に及んだことを目して、これを違法視する訳にはゆかない。また本件土地が改正前の都市計画法上の都市計画区域内に在り且つ改正前の同法第十二条の規定により区画整理がなされていたこと、又改正前の同法第十条第一項、旧市街地建築物法第一条により都市計画上の住居専用地区として指定された玉川瀬田町に隣接していたことのみを以てしては右認定を覆すに足りない。よつてこの点についても原告の主張は理由がない。

二、昭和三〇年(行)第一五号事件について、

(一) 以上の如く昭和三十年四月二日原告に買収令書を交付してなした買収処分の無効確認乃至これが取消を求める原告の主張はいずれも採用し難いから、右買収処分は適法になされたものというべく従つてこのときにおいて被告国は有効に本件土地の所有権を取得し、それと同時に原告は本件土地に対する所有権を完全に喪失したものというべきである。そこで昭和二十四年十二月一日買収令書の交付に代わる公告を以てなした買収処分がたとえ違法であつたとしても、原告はその所有権の喪失によりこれが無効確認を求める現実の必要性を失つたものというべく、従つてこの点に関する原告の請求は確認の利益を欠くものといわなければならない。

(二) 又それと同時に原告はその所有権の喪失により所有権に基づき登記の抹消を求め又はこれが引渡を求める請求権も同時に消滅に帰したものというべきであるから、被告国及び同長崎、同鈴木に対し自己の所有権と相容れない登記の抹消を求め、且つ被告長崎同鈴木に対し自己の所有権を主張してこれが引渡を求める原告の請求は理由がないものというべきである。

以上の如く原告の昭和三〇年(行)第一五号事件の買収処分無効確認の請求は権利保護の利益を欠くので訴を却下し、又その余の請求はすべて理由のないことが明らかであるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、右第一五号事件の原告敗訴の理由は被告東京都知事が本訴提起後さきの公告による処分を取り消して、改めて令書を交付したことを原因とすることにかんがみ、民事訴訟法第八十九条、第九十条後段を適用して、主文のとおり判決する。(昭和三一年七月二五日東京地方裁判所判決)

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